泣きながらごはんを食べる話

*この記事は、イトグチに掲載したものです。

泣きながらごはんを食べるといえば、私の世代はDREAMS COME TRUEの『なんて恋したんだろ』の「二人でおうどん泣きながら食べた」だ。この曲が発売された1999年当時、高校生の私には、ピンとこないけど心に残っている歌詞だった。

それから10年以上経って、私は泣きながらごはんを食べる経験をする。私は30代になっていて、知人の紹介で知り合った人と結婚をした。婚姻届を提出して一緒に住み始めて2ヶ月で相手が家で暴れるようになり、耐え切れず逃げたのが結婚式1ヶ月前だった。ひとまず実家に避難し、結婚式はキャンセル、弁護士を介して離婚へ話を進めることになった。家族親戚からは腫れ物扱いをされ、親友たちからは心配をされ、会社では好奇の目に晒された。

逃げてきた後悔は一切なくて「また相手が暴れ始めるかもしれない」と怯える毎日から解放されてホッとしているのに、それでも情けないような気持ちで、仕事で営業車を運転しているとただ目から涙が出てくる。その頃、自分が何をどう食べてどう生活をしていたのか、ほとんど思い出せない。唯一覚えているのが、定食屋のカキフライだ。

営業で担当していた地方都市の端っこの畑ど真ん中にあるその定食屋は、お料理上手なお母さんとそれを支えるお父さんで切り盛りしていた。何を食べても美味しくて、その中でも私は季節限定のカキフライ定食が大好きだった。丁寧に切られた大盛りキャベツに大きなカキフライが5個、手作りのタルタルソースが添えられている。週1ペースで通っていたので、お母さんからは「今日もカキフライ?」と笑われた。「この牡蠣は顔馴染みの業者さんから一番大きいのを入れてもらっているのよ」と話してくれた。お会計の時には「午後も安全運転でね」と、お父さんがちょっとしたおやつをくれる。そんなお人柄の二人が大好きで通っていた。

引っ越しして結婚してすぐに逃げ出してと、半年ほどお店から足が遠のいていて食欲もなかったが、私はただお母さんの顔が見たいといく気持ちでお店を訪れた。事情を知らず笑顔で迎えてくれるお母さんにホッとして涙を堪えながらカキフライを注文した。相変わらず大きなカキフライを一口食べたら一気に涙が出てきた。鼻水も出しながら豪快に盛られたご飯をモリモリ食べた。お母さんもお父さんもそれを見ていたけど何も聞かず、帰りがけに「運転気をつけてね。しっかり休みは取るんだよ。また来てね」と、やっぱりおやつをくれた。私は車の中でそれを食べながらまた泣いた。

「スピード離婚で結婚式キャンセル」という出来事に周囲から気を遣われるのに疲れていた。その出来事に関係なく、その前と変わらない何かを取り戻したかったのだと思う。あの日を境に私の涙は底をついた。定食屋に通い、体重も取り戻した。

しばらくしてドラマ『カルテット』で「泣きながらご飯を食べたことのある人は生きていけます」というセリフが出てきて、本当にそうだと思った。(ちなみにどん底だったあの時の私は、死にたいとは1ミリも思わなかった。今自分が死んだら、私が一生懸命貯めた貯金は相手のものになってしまう。だから離婚が成立するまでは、事故に遭っても何が起きても絶対に生き延びてやると思っていた)

コロナの足音が聞こえてきた頃、私の担当先が変わることになった。引き継ぎは極力オンラインで、となる中で、お店に挨拶へいくタイミングもないままになってしまった。後任に「このお店は必ず行って!」と頼んでいたが、ある日「あのお店閉店していましたよ」と連絡がきた。コロナの影響なのか、もしくは体調など崩されたのか…知る由もないままに、無理をしてでも担当を離れる時に挨拶に行けばよかったと悔やんだ。一時的な休業かもしれないと、定期的に調べてもGoogleには「閉業」が表示される。他のお店でカキフライを頼んでも、あのお店とは大きさが違う、揚げ具合も違う、キャベツも付け合わせも全然違う。お店を思い出して悲しくなる度に、ただお母さんとお父さんがお元気でいてほしいと願った。

転職をして、またあのお店のある地域を担当できることが決まった。近くに仕事で行くことになり、せめてお店の跡地を見ようと思って調べるとGoogleには「営業中」の文字。別の人が同じ店名で開いているのかもしれない。恐る恐るお店へ向かうと、お弁当屋さんになっている。ガッカリしながらお店に入ると「あれー?久しぶりだね!」とお父さんの顔。「おーい!」と厨房に声をかけると「あらー!」とお母さんが顔を出した。コロナ禍で一度お店を畳み、お弁当屋さんとして再出発。お客さんからの要望でイートインの定食も数ヶ月前から再スタートしたとのこと。

カキフライを注文すると「今年の牡蠣は小っちゃいのよー」とお母さん。それでも充分大きいカキフライが出てくる。また食べられた嬉しさと、お二人がお元気だった嬉しさで「嬉しくって涙が出ます!」と伝え、堂々と泣きながらお母さん特製のタルタルソースをたっぷりつけてカキフライを齧った。コロナ禍を経てお互い元気に再会できて本当に嬉しい。やっぱり帰りがけにおやつを貰って「また来ます!」と元気にお店を後にした。

そんな素敵な1日に家へ帰って上間陽子の『海をあげる』を読み始めたら、離婚をめぐって泣きながら食べる話が出てきて驚いた。こんな偶然あるだろうか。「こんな悲しいのに美味しいということは、私はたぶん、強いのだろう」の言葉を噛み締めながら、人生には嬉し泣きでご飯を食べることもあるのだと、しあわせな気持ちで今これを書いている。

経験者からアドバイスをすると、泣きながらごはんを食べる時には、焦らずよく噛んで水分を摂ったほうがいい。恥ずかしさを隠して早く食べようとすると、窒息しかけてむせ込み、更に涙が出るのでご注意を。

コメント

タイトルとURLをコピーしました