昨年2023年5月コロナ明けの旅先として選んだのはポーランド。そして今年、ポーランドが舞台の映画『人間の境界』と『関心領域』が公開された。ポーランドのあれこれを綴る。
ウクライナと国境を接する国
2020年以降コロナ禍で旅ができないフラストレーションは、次の旅先と決めていたポーランドとアウシュヴィッツを含むホロコースト関連の勉強にぶつけていた。そんな中の2022年2月、ロシアがウクライナに侵攻した。ウクライナと国境を接するポーランドは難民受け入れを開始し、ニュースで「ポーランド」と耳にする機会が急に増えた。2023年、日本ではまだまだ外出時のマスクは必須状態であったが、海外ではすっかりマスクなしで街を歩くアフターコロナの様子がニュース映像で見られるようになっていた。とはいえ、ポーランドの隣はウクライナで戦争は終わる気配はなかった。そろそろ海外旅行解禁もありでは?と思う一方で、よりにもよって戦地の隣国へ旅行で訪れても良いのか迷っていた。そんな中、取材でウクライナにポーランド経由で入国した人に話を聞く機会を得た。「ウクライナの中ですら場所によっては戦争を感じさせないところもあり、ポーランドはEUであることを実感した」つまりは安全だった、ということだ。コロナもあった、戦争もいつ更に激しくなるか分からない。行ける時に行かなければという気持ちも高まっており、私はついにポーランドへ行く決心をした。
アウシュヴィッツと『関心領域』
結論からいうと、ポーランドは旅先としては大変に牧歌的な国だった。クラクフの街でウクライナからの難民(といってもウクライナの国旗を持っていたので「そうだろうな」と気が付けた。何かの集会帰りの様子のベビーカーを引いた、ポーランド人とは少し顔立ちの違う若いお母さんたち)を見かけたくらいで、250km(東京-浜松間程度)東はもうウクライナの国境だとは信じられないほど、のどかで美しいところだった。5月に訪れたのもまた良い季節で街にも郊外にも花と緑が溢れていた。
何故、ポーランドなのか。一番の目的はアウシュヴィッツを訪れるためだ。ナチスの絶滅収容所として知られるアウシュヴィッツはポーランドの南に位置する。古都クラクフからバスで1時間半ほどの距離だ。バスを降り「ついにあのアウシュヴィッツについに来てしまった」と緊張が走る。現地ではアウシュヴィッツ公式日本人ガイドの中谷剛さんにガイドツアーをお願いしていた。ツアー開始の集合時間まで、周りをふらふらしているうちに頭の中が混乱してきた。今まで私が様々な映画で観てきたアウシュヴィッツは極寒の劣悪な場所だった。しかし目の前のアウシュヴィッツは、併設の清潔で明るいカフェテリアで皆が談笑しているし(私自身もここで美味しいペリメニ(ポーランドの水餃子)を食べた)、外へ出れば青空の下にたんぽぽが咲き乱れている。ここの歴史を神妙に重く受け止めならないという心持ちとは真逆のあまりに呑気な環境に、心がどう反応しすれば良いのかを迷っていた。
映画『関心領域』を観て、ちょうどこの時の気持ちが思い出され綺麗に重なった。この映画は、アウシュヴィッツ強制収容所の所長を務めたルドルフ・ヘスとその家族の生活が描かれている。私が訪れたのとちょうど同じ季節、花と緑と川が煌めくピクニックのシーンは、まさにあの時にアウシュヴィッツで私が感じた呑気すぎる周辺環境を映し出していた。今までの秋や冬のアウシュヴィッツを舞台にした映画とは全く違う、アウシュヴィッツを描いていた。
アウシュヴィッツ第1収容所にはクレマトリウム(ガス室と焼却炉)が現存しており、見学ができる。その数十メートル先に、彼らが住んでいた家が見える。そしてその家とクレマトリウムの間には、1947年にヘスが処刑された絞首台も残っている。広大なアウシュヴィッツ強制収容所の中で、よりにもよってわざわざこの立地に家を建てなくても…と思わせる距離感が、彼等の無関心の怖さを感じさせる。
『関心領域』は観客の理解度を試す映画だと思う。何気ない場面にも史実や意味があるが、それを知らなければ見逃してしまう。私も見過ごしてしまった場面は多々あると思う。学び続けることで、また新しい発見があるのだろう。
現在のポーランド
アウシュヴィッツから歴史を知るのも大切なことだが、現状にも目を向けたい。観光地ではないポーランドの地域を描いた作品が映画『人間の境界』だ。
ベラルーシとの国境での難民をめぐる今なお進行形の問題を扱っている。
この問題は、Podcast『ドイツのメディアから』「32 EUの試練-ベラルーシ国境の難民」が詳しいので、興味のある人は是非聴いてみてほしい。ウクライナ難民受け入れにも繋がっていて、ダブルスタンダードについても考えさせられる。
日本から決して近くはないポーランド。けれどもこの国を知れば知るほど、守るべき国家とは、国民とは、民族とは何かを考えさせられる。
ポーランドを知るあれこれ
ポーランドへの旅の前後で参考にした本や文献を紹介する。
- 『物語 ポーランドの歴史』渡辺克義
- まずはポーランドがどういう成り立ちの国なのかを知る。地図上から消滅していた期間が123年もある歴史からもその複雑な環境がよく分かる
- 『強制収容所のバイオリニスト』ヘレナ・ドゥニチ-ニヴィンスカ
- アウシュヴィッツのユダヤ人関連の本は多数あるが、この著者はユダヤ人ではなく、ポーランド人としてアウシュヴィッツに収容されていた
- 『灰とダイヤモンド』J.アンジェイェフスキ
- 第二次世界大戦直後のワルシャワが舞台の群像劇
- 『カティンの森のヤニナ』小林文乃
- ポーランドには博物館が様々あり、どこもエンタメ性が強く見応えのある展示が多い。その雰囲気も味わえる旅行記の側面もあるエッセイ
- 『日本スラヴ学論集』第26号(2023年)
- もっと深くポーランドや東欧の国を知る。『ポーランド人であること、になること、にさせられること-ニーチェからゴンブローヴィチへ』西成彦は、特に興味深かった
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